2005年08月18日
中国・福州の旅 その4
福州4日目・いよいよ旅の最終日。
3泊したのは4つ星の福州ホテルでなかなか綺麗なホテルでした。
朝食バイキングは料理の品数が多くて食いしん坊にはうってつけのホテルでした。
でも残念だったのは最終日のフライトの出発時間が早くて朝食がとれなかった事でした。

定刻よりやや遅れて中国東方航空571便にて香港へ出発。
嵐の中のフライトがわずか3日前だったのが嘘のように穏やかに晴れた日でした。
3泊4日の旅でしたが素晴らしい旅の仲間と琉球の先人たちの偉大さと
中国人の飾らないホスピタリティーに触れたたびでした。
今回の旅にお声掛けして下さった島田さんに心からお礼を申し上げます。
有難うございました。 また同行した皆様も親戚・家族が増えたような気がして
嬉しく大変貴重な出会いができました。
またお会いするのを楽しみにしております。

この蓮の花は、レストランに招いて下さった事業家の方がプレゼントしてくれました。
どんな場所にいても可憐な花を咲かせる蓮の花のような女性になりたいです。
では、再見!!!
3泊したのは4つ星の福州ホテルでなかなか綺麗なホテルでした。
朝食バイキングは料理の品数が多くて食いしん坊にはうってつけのホテルでした。
でも残念だったのは最終日のフライトの出発時間が早くて朝食がとれなかった事でした。

定刻よりやや遅れて中国東方航空571便にて香港へ出発。
嵐の中のフライトがわずか3日前だったのが嘘のように穏やかに晴れた日でした。
3泊4日の旅でしたが素晴らしい旅の仲間と琉球の先人たちの偉大さと
中国人の飾らないホスピタリティーに触れたたびでした。
今回の旅にお声掛けして下さった島田さんに心からお礼を申し上げます。
有難うございました。 また同行した皆様も親戚・家族が増えたような気がして
嬉しく大変貴重な出会いができました。
またお会いするのを楽しみにしております。

この蓮の花は、レストランに招いて下さった事業家の方がプレゼントしてくれました。
どんな場所にいても可憐な花を咲かせる蓮の花のような女性になりたいです。
では、再見!!!
2005年08月18日
中国・福州の旅 その3
福州3日目の8月15日は快晴でドライブ日和。
当日スケジュールは午前中の 蓮江県可門港開発区視察
午後の西湖公園
夜は前夜ご紹介頂いたの福州事業家所有の山の上にあるレストランにて夕食会。
元々のスケジュールは市内レストランにて夕食となってたのだが
是非、自分所有のレストランに来て下さいと全員ご招待を受けた。
大中国人ここにあり!ですね。 懐が深いです。
可門港まで福州から車で3時間半の距離、その間バスの中から風景を撮影。


可門港開発区では現地指揮官・副主任の魏さんが説明して下さった。
東中国一の港で50万トン級の船が入出港でき、港から陸地が近いのを
利用した企業誘致も行っているとの事。
アジア一の火力発電所も2010年には完成予定でいくつもの山を切り開き
とにかくスケールの大きさには度肝をぬかれた。
渡り蟹、貝、エビの養殖場も埋め立てされる。


西湖公園は沖縄にある福州園のモデルになってるそうです。

山上のレストランでの会食では自然食品、有機栽培にこだわった食材を使った福建料理を
ご馳走になりました。 美味しい物に目がない食いしん坊は全品味わいました。
どれも本当に美味でしたが、蓮の花のてんぷらは格別でした。




アカペラで山本リンダの『どうにもとまらない』を披露したのは世界広しといえどもそう多くはいませんね!
乾杯!!
当日スケジュールは午前中の 蓮江県可門港開発区視察
午後の西湖公園
夜は前夜ご紹介頂いたの福州事業家所有の山の上にあるレストランにて夕食会。
元々のスケジュールは市内レストランにて夕食となってたのだが
是非、自分所有のレストランに来て下さいと全員ご招待を受けた。
大中国人ここにあり!ですね。 懐が深いです。
可門港まで福州から車で3時間半の距離、その間バスの中から風景を撮影。


可門港開発区では現地指揮官・副主任の魏さんが説明して下さった。
東中国一の港で50万トン級の船が入出港でき、港から陸地が近いのを
利用した企業誘致も行っているとの事。
アジア一の火力発電所も2010年には完成予定でいくつもの山を切り開き
とにかくスケールの大きさには度肝をぬかれた。
渡り蟹、貝、エビの養殖場も埋め立てされる。


西湖公園は沖縄にある福州園のモデルになってるそうです。

山上のレストランでの会食では自然食品、有機栽培にこだわった食材を使った福建料理を
ご馳走になりました。 美味しい物に目がない食いしん坊は全品味わいました。
どれも本当に美味でしたが、蓮の花のてんぷらは格別でした。




アカペラで山本リンダの『どうにもとまらない』を披露したのは世界広しといえどもそう多くはいませんね!
乾杯!!
2005年08月18日
中国・福州の旅 その2
福州2日目の8月14日は生憎の曇り空で時々パラパラの雨模様。
当日スケジュールは午前中の 琉球館~金将軍~琉球人墓参り、
午後の 福建・沖縄友好会館視察
夜は福州の事業家お二人を招いての夕食会。
■琉球館
中国明朝の成化年間(紀元1465年)に建てられ、「柔遠駅」という建物である。
初めの頃、海外諸国の使者を招待するものであるが、福州は中国と琉球国との交流港に
指定された後、「柔遠駅」を訪問する琉球人が増えたため福州では「琉球館」と言うようになった。
■金将軍廟
金将軍廟は明時代(1562年)、琉球国金将軍を祭るために建立された。
清時代光緒元年(1875年)に再建され、現在は文化財に指定されている。
金将軍は武道の達人で叡智、戦略にたけた人物であり当時の琉球国王「尚元」の
国王即位の任命を求めるため幾多の困難に合いながらも都「福州」までの航行を
使者一行の護衛にあたり無事任務を遂行した。
しかし2年後の朝貢する使者一行との航海中に嵐に遭遇し命を落とした。
その亡骸が祭られているのが金将軍廟である。
■琉球人墓
琉球・中国交流史500年間を通じて中国にて死去した琉球人が多くいた。
福州「琉球墓」は倉山区迎安村にあり1985年に福州人民政府の予算で造られ
現在、先代から引継ぎボランティアで墓守をしている方がいた。


■福建・沖縄友好会館
福建省と沖縄県の友好協会の象徴として建設された施設であり、
中国との友好交流をはじめ、ビジネス創出の拠点としての役割が期待されている。

福州と沖縄の交流が数百年も前からあった事の驚き、我々の祖先が手厚く葬られていて
その中に八重山出身の方もおり異国の地でどんな思いで死去されたかと思うだけで
チムグルサヌ胸が熱くなった。 丁度お盆月でもあり皆でお線香をあげ手を合わせた。
現在も地元の方が墓守をして下さり感謝です。
島田さんが沖縄から持参した泡盛で供養しました。
それにしても、自身の無知さに呆れ返ったが”百聞は一見にしかず”
その為の旅ぞ! と思えば救われる思いがした。
福建・沖縄友好会館の仲宗根所長からは企業で中国でのお仕事を考えてる方は
是非ご検討下さいとのお話がありました。
福州で会社設立の準備、現地での調査・研究など、中国から良質な資材・原材料の調達etcの
サポートはいくらでもして下さるとの事です。 //www.okinawa-ric.or.jp/business/
夕食は市内レストランにて仲宗根所長からご紹介いただいた事業家の方を囲んでの会で
通訳の張さんは大忙しでした。

左から2人目が仲宗根所長です
2日目は日程終了後、カラオケ視察(?)に出かけました。
まだまだ夜は長いです。
[参考資料:ネット福州琉球館の紹介/福州琉球墓苑の紹介/遠洋将軍廟略史]
当日スケジュールは午前中の 琉球館~金将軍~琉球人墓参り、
午後の 福建・沖縄友好会館視察
夜は福州の事業家お二人を招いての夕食会。
■琉球館
中国明朝の成化年間(紀元1465年)に建てられ、「柔遠駅」という建物である。
初めの頃、海外諸国の使者を招待するものであるが、福州は中国と琉球国との交流港に
指定された後、「柔遠駅」を訪問する琉球人が増えたため福州では「琉球館」と言うようになった。
■金将軍廟
金将軍廟は明時代(1562年)、琉球国金将軍を祭るために建立された。
清時代光緒元年(1875年)に再建され、現在は文化財に指定されている。
金将軍は武道の達人で叡智、戦略にたけた人物であり当時の琉球国王「尚元」の
国王即位の任命を求めるため幾多の困難に合いながらも都「福州」までの航行を
使者一行の護衛にあたり無事任務を遂行した。
しかし2年後の朝貢する使者一行との航海中に嵐に遭遇し命を落とした。
その亡骸が祭られているのが金将軍廟である。
■琉球人墓
琉球・中国交流史500年間を通じて中国にて死去した琉球人が多くいた。
福州「琉球墓」は倉山区迎安村にあり1985年に福州人民政府の予算で造られ
現在、先代から引継ぎボランティアで墓守をしている方がいた。


■福建・沖縄友好会館
福建省と沖縄県の友好協会の象徴として建設された施設であり、
中国との友好交流をはじめ、ビジネス創出の拠点としての役割が期待されている。

福州と沖縄の交流が数百年も前からあった事の驚き、我々の祖先が手厚く葬られていて
その中に八重山出身の方もおり異国の地でどんな思いで死去されたかと思うだけで
チムグルサヌ胸が熱くなった。 丁度お盆月でもあり皆でお線香をあげ手を合わせた。
現在も地元の方が墓守をして下さり感謝です。
島田さんが沖縄から持参した泡盛で供養しました。
それにしても、自身の無知さに呆れ返ったが”百聞は一見にしかず”
その為の旅ぞ! と思えば救われる思いがした。
福建・沖縄友好会館の仲宗根所長からは企業で中国でのお仕事を考えてる方は
是非ご検討下さいとのお話がありました。
福州で会社設立の準備、現地での調査・研究など、中国から良質な資材・原材料の調達etcの
サポートはいくらでもして下さるとの事です。 //www.okinawa-ric.or.jp/business/
夕食は市内レストランにて仲宗根所長からご紹介いただいた事業家の方を囲んでの会で
通訳の張さんは大忙しでした。

左から2人目が仲宗根所長です
2日目は日程終了後、カラオケ視察(?)に出かけました。
まだまだ夜は長いです。
[参考資料:ネット福州琉球館の紹介/福州琉球墓苑の紹介/遠洋将軍廟略史]
2005年08月17日
中国・福州の旅 その1
8月13日の午前11:00にキャセイパシフィック501便の香港行きに乗り発った。
目的地は中国福建省の福州で香港経由で現地入りする。
中国には初めての訪問なので胸を躍らせての機内搭乗となった。
今回の旅は沖縄県産業振興公社・中小企業支援センターの島田さんからのお誘いで実現した。
沖縄から7名の参加で香港で合流する。
旅行名目は『中国・福州 琉球人の魂にふれる旅4日間』で
初日、最終日は東京~福州間移動日となり、実質福州の滞在は2日間である。
沖縄からの参加メンバーと合流し香港の空港待合室にて名刺交換後、記念撮影。

左から 黒糖本家・株式会社海邦商事 興那嶺社長ご夫妻 http://www.kokutou.jp
第一ファスナー共販株式会社 高江州社長 http://www.ffjc.com
株式会社おきしん保証サービス 宜保社長 http://lequios-club.jp
沖縄県産業公社 島田マネージャー&プロデユーサー
http://blog.ovs.jp
三井住友海上火災保険株式会社沖縄支店 友寄業務課長
http://www.ms-ins.com
沖縄証券株式会社 執行役員兼企業金融部長 上原さん
http://www.ja-okinawasec.jp
自己紹介も終え、いざ福州に出発と思いきや、
台風の影響で福州行きの飛行機が定刻どおりに出発できない。
結局5時間遅れで雷、稲光、大雨の中離陸した。
今まで経験した事のない大揺れ、キシキシ軋む機内の中は緊迫した雰囲気で
隣の興那嶺社長の奥様は『怖い怖い・・』と私が差し出した手にますます力が入った。
本当なら危険を感じて恐怖心を抱くはずなのだが『まっ、こんな事で死ぬことはない』と
変に自信をもっている私はクークーといびきをかいて寝てしまった。
後部座席に座っていた高江洲社長に『どんな心臓か見てみたい』と言わせるほど
寝入ってしまったようだ。
午後9:00に無事(?)福州空港に到着した。
初日お疲れ様でした。
目的地は中国福建省の福州で香港経由で現地入りする。
中国には初めての訪問なので胸を躍らせての機内搭乗となった。
今回の旅は沖縄県産業振興公社・中小企業支援センターの島田さんからのお誘いで実現した。
沖縄から7名の参加で香港で合流する。
旅行名目は『中国・福州 琉球人の魂にふれる旅4日間』で
初日、最終日は東京~福州間移動日となり、実質福州の滞在は2日間である。
沖縄からの参加メンバーと合流し香港の空港待合室にて名刺交換後、記念撮影。

左から 黒糖本家・株式会社海邦商事 興那嶺社長ご夫妻 http://www.kokutou.jp
第一ファスナー共販株式会社 高江州社長 http://www.ffjc.com
株式会社おきしん保証サービス 宜保社長 http://lequios-club.jp
沖縄県産業公社 島田マネージャー&プロデユーサー
http://blog.ovs.jp
三井住友海上火災保険株式会社沖縄支店 友寄業務課長
http://www.ms-ins.com
沖縄証券株式会社 執行役員兼企業金融部長 上原さん
http://www.ja-okinawasec.jp
自己紹介も終え、いざ福州に出発と思いきや、
台風の影響で福州行きの飛行機が定刻どおりに出発できない。
結局5時間遅れで雷、稲光、大雨の中離陸した。
今まで経験した事のない大揺れ、キシキシ軋む機内の中は緊迫した雰囲気で
隣の興那嶺社長の奥様は『怖い怖い・・』と私が差し出した手にますます力が入った。
本当なら危険を感じて恐怖心を抱くはずなのだが『まっ、こんな事で死ぬことはない』と
変に自信をもっている私はクークーといびきをかいて寝てしまった。
後部座席に座っていた高江洲社長に『どんな心臓か見てみたい』と言わせるほど
寝入ってしまったようだ。
午後9:00に無事(?)福州空港に到着した。
初日お疲れ様でした。



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